テキスト&司会:A
箇所:マタイ5:1~12
参加者:1年生2人、3年生6人、6年生1人、計9人
更新遅くなってしまってすみません!
この日の聖研は、「幸いって何?」と題して、「●●は幸いです」の形の文章がが連続する箇所を学びました。
幸いについて突き詰めていったところ、幸せと幸いは違うという結論に至りました。
幸せだなあ!と思う気持ちは、幸せじゃないことが起こるとなくなってしまうけど、幸いだ!という気持ちは、辛さの中にあっても失われない感情だからです。
聖書に
5:16いつも喜んでいなさい。
17絶えず祈りなさい。
18すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(Ⅰテサロニケ)
と書かれている通り、神様に従って歩んでいる人は、衣食住も喜びも悲しみも全て与えられたものであることを知って、与えられたことに感謝することができるため、神様を知っている人は幸いだと考えました。
そういうわけで、3節のthe poor in spiritも、心にあらゆるものが満ちていなくとも、
①神様を受け入れる余地が多い分、
②神様に与えられるものが多い分、
③ほかの沢山のより頼む相手を持たず、幸いの源である神様により頼める分、幸いなのだと考えました。
そして、後半の迫害についても、議論が白熱しました。
4:12愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、
13むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びおどる者となるためです。
14もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。(Ⅰペテロ)
上記の通りでありますし、迫害は自分の信仰に気づくチャンスでもあり、信仰が強められるチャンスでもあります。
真理を知って信じていても、辛く心細くなってしまいますが、幸いにも私たちには沢山のクリスチャンの友人が与えられています。
辛さや心細さも、喜びや良いものに変えてくださる神様を信じて、乗り越える道や救いを祈りましょう^0^♪
最後にどんでん返しでSさんが「幸いを求めなくてもよくない?」と話してくださいました。
A的には「確かに!!!」の一語に尽きました!
幸いは目的ではなく、「神様に感謝していて、神様が大好きだから、従いたい」と思う気持ちが第一です。
幸いは神様を信じていれば、嫌でも与えられちゃいます(笑)
そのことにも感謝ですね!
そしてこの日の交わり会で私たちを受け入れてくださったP夫妻、ご飯を用意してくださったMさん、車出ししてくださったH君とSさん、聖研と交わり会の時間を守ってくださった神様に感謝して、結語とさせていただきます!
箇所:マタイ5:1~12
参加者:1年生2人、3年生6人、6年生1人、計9人
更新遅くなってしまってすみません!
この日の聖研は、「幸いって何?」と題して、「●●は幸いです」の形の文章がが連続する箇所を学びました。
幸いについて突き詰めていったところ、幸せと幸いは違うという結論に至りました。
幸せだなあ!と思う気持ちは、幸せじゃないことが起こるとなくなってしまうけど、幸いだ!という気持ちは、辛さの中にあっても失われない感情だからです。
聖書に
5:16いつも喜んでいなさい。
17絶えず祈りなさい。
18すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(Ⅰテサロニケ)
と書かれている通り、神様に従って歩んでいる人は、衣食住も喜びも悲しみも全て与えられたものであることを知って、与えられたことに感謝することができるため、神様を知っている人は幸いだと考えました。
そういうわけで、3節のthe poor in spiritも、心にあらゆるものが満ちていなくとも、
①神様を受け入れる余地が多い分、
②神様に与えられるものが多い分、
③ほかの沢山のより頼む相手を持たず、幸いの源である神様により頼める分、幸いなのだと考えました。
そして、後半の迫害についても、議論が白熱しました。
4:12愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、
13むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びおどる者となるためです。
14もしキリストの名のために非難を受けるなら、あなたがたは幸いです。なぜなら、栄光の御霊、すなわち神の御霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。(Ⅰペテロ)
上記の通りでありますし、迫害は自分の信仰に気づくチャンスでもあり、信仰が強められるチャンスでもあります。
真理を知って信じていても、辛く心細くなってしまいますが、幸いにも私たちには沢山のクリスチャンの友人が与えられています。
辛さや心細さも、喜びや良いものに変えてくださる神様を信じて、乗り越える道や救いを祈りましょう^0^♪
最後にどんでん返しでSさんが「幸いを求めなくてもよくない?」と話してくださいました。
A的には「確かに!!!」の一語に尽きました!
幸いは目的ではなく、「神様に感謝していて、神様が大好きだから、従いたい」と思う気持ちが第一です。
幸いは神様を信じていれば、嫌でも与えられちゃいます(笑)
そのことにも感謝ですね!
そしてこの日の交わり会で私たちを受け入れてくださったP夫妻、ご飯を用意してくださったMさん、車出ししてくださったH君とSさん、聖研と交わり会の時間を守ってくださった神様に感謝して、結語とさせていただきます!